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東京地方裁判所 昭和51年(ソ)15号 決定 1977年1月25日

抗告人 荻原清隆

右代理人弁護士 熊野朝三

相手方 織田桃彦

右代理人弁護士 北村忠彦

塙英輝

主文

原決定を取消す。

相手方の本件担保取消の申立を却下する。

申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  抗告人は、主文第一、二項と同旨の裁判を求め、その抗告の理由として、次のとおり主張した。

(一)  相手方は、抗告人を被申立人として、武蔵野簡易裁判所に対し、相手方が負担する借受金債務の支払につき調停を申立てるとともに(以下、本件調停事件という)、さきに右債務を担保する抵当権の実行のため抗告人が申立てた不動産任意競売(東京地方裁判所昭和五一年(ケ)第二二号不動産競売事件、以下本件競売事件という)の手続の停止を求め、武蔵野簡易裁判所は、相手方に金一三〇万円の担保(以下本件担保という)を立てさせたうえ、昭和五一年三月一九日右調停事件の終了に至るまで右競売手続を停止する旨の決定をした。

(二)  その後、右調停事件は同年九月一四日調停不成立により終了したところ、相手方の申立により原裁判所は、抗告人に対し担保権の行使をすべき旨期間を定めて催告したうえ、同年一〇月一四日付で、抗告人が右期間内に権利の行使をしなかったことを理由に、本件担保を取消す旨の原決定をした。

(三)  しかし、本件調停事件の終了は民事訴訟法一一五条三項にいう「訴訟の完結」にあたらず、原決定は不当であるから、その取消並びに本件担保取消申立の却下を求める。

二  相手方提出にかかる答弁書記載の主張の要旨は次のとおりである。

(一)  抗告の理由(一)及び(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の主張は争う。本件競売手続を本件調停事件終了に至るまで停止した決定は調停不成立の事件終了によって失効したものであり、民事訴訟法一一五条所定の担保の事由の終了または訴訟の完結のいずれかに該当するから、これに伴って本件担保を取消すべきことは当然である。

(三)  抗告人は原決定に先立つ権利行使の催告に応じて行使すべき何らの権利も有していない。すなわち、抗告人の相手方に対する貸金債権は、相手方の弁済供託によりすでに消滅し、仮りに右貸金債権が消滅していないとしても、本件競売事件における目的物件は抗告人の抵当権以外には何の担保権も設定されておらず抗告人の右貸金元利金債権を担保するに十分な価額を有する。従って、抗告人には本件競売手続の停止による損害はまったく存しない。

(四)  仮りに本件競売手続の停止によって抗告人に損害が発生したとすれば、右貸金債権に対する競売手続停止期間中の利息及び遅延損害金がこれにあたると思われるが、その算定は算式上きわめて容易であった。しかるに、抗告人は前記催告に応じて権利の行使をしなかったのであるから、本件担保取消決定には何ら違法は存しない。

(五)  さらに、相手方は本件調停事件が調停不成立によって終了した後、抗告人を被告として、東京地方裁判所に対し、債務不存在確認等請求訴訟を提起するとともに、改めて金九〇万円の保証を立てて、同裁判所より本件競売手続を停止する旨の仮処分決定を得ているのであるから、武蔵野簡易裁判所がなした本件競売手続停止決定による損害に対しては、右九〇万円がその担保として作用することになる。従って、本件担保を取消したとしても、抗告人に不利益は生じない。

三  当裁判所の判断

記録によれば、原裁判所が本件担保取消の原決定をなすに至った経過は、抗告人主張のとおりで、相手方もこれを認めるところであり、原決定は、民事訴訟法一一五条三項により抗告人が権利行使の催告に応じないことをもって担保取消に同意したものと看做し本件担保を取消したことは明らかである。

ところで、民事調停規則六条一項に基づき、当事者に担保を立てさせて、調停の目的となった権利についての競売法による競売手続の停止が命じられ、右手続が停止された後、同条四項によって準用される民事訴訟法一一五条三項の権利行使催告の手続を経て、右担保の取消決定がなされるためには、右停止にかかる競売手続の終了を要するものと解すべきである。けだし、同条項は、担保提供にかかる訴訟の終了により担保権利者において、その権利を行使するに障害がなくなったにもかかわらず、これを行使しない場合に、これを催告し、なお権利行使に出ない担保権利者は担保取消に同意したものと看做すこととして担保提供者との間の利害を調整する趣旨の規定であり、これを競売手続の停止による損害賠償のために供された担保の取消手続に準用するについては、担保権利者にさらに損害が発生する余地がなくなり、すでに発生した損害もこれを算定できる状態になることにより、担保権利者の損害賠償請求権の存否及び数額が客観的に確定し、かつ、これが行使しうべき状態に達していることが必要であり、それには、競売手続の停止が解除されただけでは足りず、競売手続が完結その他により終了することを要するからである。

本件においては、本件調停事件は調停不成立により終了し、本件競売手続停止決定も効力を失ってはいるけれども、記録によれば本件競売事件における競売手続は未だ終了せずに係属していることが認められるから、担保権利者たる抗告人に対し権利行使を催告することは許されず、また右催告に応じなかったからといって本件担保を取消すことはできないものというべきである。(本件担保は、相手方が算定可能と主張する競売手続停止期間中の抵当債務に対する金利相当額の損害賠償債権のみを限定して担保するものではないし、右損害賠償債権の成否及び数額自体も競売手続が終了しなければ確定できないものである。

相手方は、抵当債務が消滅したこと及び抵当物件の担保価値が十分であることにより本件担保により担保すべき損害賠償債権は存しないと主張するけれども、担保権利者の権利の現実の存否、数額の点は、これが催告にかかる権利行使の争訟において審理判断されるべきことを予定する法の趣旨に照らし、それに先立つ権利行使の催告の適否に関して担保取消手続内で独自に審理確定すべき事項には属しないものと解すべきであるから、右主張については判断の限りではない。

さらに相手方は、同法一一五条一項に該当するとの趣旨を主張するが、競売手続停止決定の担保について、相手方主張のような抵当債務不存在その他の事由による被担保損害賠償請求権の不存在を理由として同条一項を準用し担保を取消すためには、本案その他右請求権に関する訴訟が担保提供者の有利に確定したことの証明を要するものと解すべきであり、本件においては、単に本案の調停事件の終了により競売手続停止決定が失効したというにすぎず、訴訟上相手方の有利に確定したことの証明がないから、同条一項により本件担保を取消す余地はないし、また、相手方が主張する抵当債務不存在確認訴訟を本案とする調停終了後の本件競売手続停止の仮処分決定において立てた九〇万円の保証は右仮処分前の前記競売手続停止による抗告人の損害賠償債権をも担保する趣旨のものとは認められないから、同条一項所定の証明があるとはいえない。

してみると、抗告人に対し本件担保に関する権利行使の催告をしたことは違法であり、これに応じて抗告人が権利行使をしなかったことをもって同意したものと看做し右担保を取消した原決定は不当である。よって、原決定を取消し、相手方の担保取消の申立を失当として却下することとし、手続費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡辺惺 裁判官 小林克己 園尾隆司)

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